研究プロジェクト

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【脊髄移植・再生プロジェクト】

脊髄損傷に対する神経幹細胞移植療法の確立

 “一度損傷を受けた中枢神経(脳と脊髄)は二度と再生しない”という通説が長い間信じられてきました。事実、現在われわれが出来る脊髄損傷に対する治療法は、ステロイド早期大量投与により損傷直後の脊髄の二次損傷を最小限に抑え、必要に応じて脊髄の除圧と脊椎の再建を行い、早期のリハビリにより残存する機能を最大限に引き出すことであり、現在でも損傷された脊髄そのものを再生させる治療法は存在しません。

神経幹細胞
 しかし、基礎研究においては幾つかのエポックが1980年代に報告されました。その一つが損傷脊髄に対する胎児脊髄移植です。切断したラット脊髄に胎児脊髄を移植し損傷軸索の再生と機能回復が得られること、さらに神経栄養因子の併用や軸索伸展阻害因子を抑制することによりその再生が促進されることが報告され、それまで信じられてきた“損傷脊髄は再生しない”という通説を覆すものでした。しかし、胎児脊髄移植の臨床応用は、ドナー不足と倫理的な問題のためにほとんど不可能といわざるを得ませんでした。

 近年の神経科学、特にSTEM CELL BIOLOGYの目覚ましい進歩により、“自己複製能”と“多分化能”を有する神経幹細胞が新しい移植材料として注目されています。その理由は、一度目的とする神経幹細胞を手に入れることができれば、培養器内で増殖させることにより移植に必要十分な細胞を確保することが可能であり、臨床応用に向けての障壁であったドナー不足を解消することができる可能性があるからです。

 そこで私たちは、1999年より生理学教室の岡野教授と新生および成体ラット脊髄損傷に対する神経幹細胞移植の研究を始めました。その結果、新生ラット損傷脊髄では移植神経幹細胞はニューロンとオリゴデンドロサイトに分化し、さらに損傷軸索の再生と運動機能回復を促進することが明らかになりました。一方、成体ラットでは、損傷脊髄内の微小環境の検討より損傷後9日目に神経幹細胞移植を行い、これまで成体ラットではみられなかったニューロンへの分化とシナプス形成、さらに、運動機能の回復が得られることを報告しました。以上の結果から、脊髄損傷に対する神経幹細胞移植の臨床応用に向けて確かな一手応えを得ることができました。

分化した神経幹細胞
 次に、私たちはヒトへの臨床応用を目指して、ヒトと同じ霊長類であるサル脊髄損傷に対するヒト神経幹細胞移植の研究に着手しました。しかし、これまでにサルの脊髄損傷に関する報告は皆無であり、脊髄損傷モデルの確立が重要な課題でしたが、実験動物中央研究所の野村達治・玉置憲一両先生の全面的なバックアップにより、重錘落下法による損傷程度の異なる脊髄損傷モデルを確立することができました。これら多くの先生方の協力のもと、サル損傷脊髄に対するヒト胎児由来神経幹細胞移植を損傷後9日目に行いました。2ヶ月後、移植したヒト胎児由来神経幹細胞は損傷部周囲に生着し、さらに頭尾側に移動し、ニューロン、オリゴデンドロサイト、アストロサイトへと分化していました。運動機能評価においても移植群では非移植群と比較して有意な3次元自発運動量と上肢筋力の改善が得られました。さらに、放射線科学教室の栗林幸夫教授、百島裕貴講師の協力によりMRIによる損傷後および移植後の脊髄の経時的変化をとらえることも可能となり、移植群では非移植群と比較して有意に損傷部空洞の縮小が確認できました。以上の研究結果は、近未来における神経幹細胞移植の臨床応用の実現に向けた大きな一歩といえます。しかし、臨床応用にはまだまだ解決しなければならない問題が山積していることも事実です。より有効な神経幹細胞移植法の開発や移植後長期経過観察による安全性の確立は急務と考えています。また、現在脊髄損傷に苦しむ多くの患者さんが完全損傷後の慢性期であることを考慮すると、損傷部に形成され軸索再生を阻む壁“グリア瘢痕組織”を克服し、完全脊髄損傷モデルにおいても神経幹細胞移植の有効性を立証することも必要と考えています。

 脊髄損傷に苦しむ患者さんたちの願いは切実です。われわれの研究が発表されてから、実に多くの患者さんたちから問い合わせを受けています。中には“私を実験材料でもいいから、移植を行ってくれ”といった手紙までありました。そんな心の叫びにも近い切実な願いを裏切らないためにも、“From bench to bed side”を合い言葉に研究を続けていきたいと思っています。

中村雅也

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